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よんじゅうはちにんめ
四十八人目
森田 草平
「改造」1929(昭和4)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,183 字 · 112 页
次郎左衛門はもともと士分とも言われぬ小身ものだけに、自分もそのつもりで、始終起ったり坐ったりしながら、忠実に一同の用を達していた。
内蔵助の書いている書面というのは、赤穂の元浅野家菩提所華岳寺の住職恵光、同新浜正福寺の住職良雪、自家の菩提所周世村の神護寺住職三人に宛てたもので、自分が江戸へ下ってからの一党の情況を報じて、いよいよ一挙の日も迫ったことを告げた上、
「このたび申合せ候者ども四十八人にて、斯様に志を合せ申す儀も、冷光院殿この上の御外聞と存ずることに候。死後御見分のため遺しおき候口上書一通写し進じ候。いずれも忠信の者どもに候間、御回向をも成下べく候。その場に生残り候者ども、さだめて引出され御尋ね御仕置にも仰附けらるべく、もちろんその段人々覚悟の事に候。御心易かるべく候云々」と書いてあった。死後御検分のため遺しおく口上書とは、二日に深川八幡前で認めた仇討の宣言書と起請文のことで、その中には毛利小平太の名も歴然として記載されてあるこというまでもない。なお内蔵助はそれについで、己が妻子のことにも言い及んで、
「はたまた拙者妻こと、京より離別仕り縁者方へ返し申候。