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もぐら

土竜

佐左木 俊郎

「文章倶楽部」1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,991 字 · 21 页

青空文庫

彼には、土の無い生活は想像も出来なかった。

どうしても一番の汽車に間に合いたいからと、市平はまだ夜のうちに開墾場の小屋を出た。

「今度は、いつ逢えるがも判がんねえ。俺も、その辺まで送って行ぐべで……」

梅三爺は、やはり瞼に涙を溜めて、ヨーギとよしは、大丈夫眼を覚まさないからと、市平がとめるのを無理に送って出た。

戸外は朧夜であった。月は薄絹に掩われたように、懶く空を渡りつつあった。村々は薄靄に暈かされ夢のように浮いていた。樹の間がくれに見え隠れする灯さえ、現実のものとするにはあまりにうっとりとしていた。蛙の声はやわらかに流れ、ひとり特殊な音調に鳴く独奏の声もあった。……

市平の心には、昔の思い出が髣髴として湧きあがった。自分の生まれた土地の尊さが、彼の今の心には、不思議な力で神秘なものとされた。彼は、父親の気持ちが幾分、理解することが出来るように思った。

「父! 俺も、小金を蓄めで、二三年のうぢには帰って来るがら、丈夫でいろな、父!」

「汝こそ身体を大事にしろ。知らねえ他国で、病気でもしたら……」梅三爺は、涙に遮られて、言い続けることが出来なかった。

急に元気を失った市平は、朧の月影にみがかれきらめく長靴を曳きずって、力なくなだらかな坂路を下りて行った。