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ちじょう

地上

島田 清次郎

地に潜むもの

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页

青空文庫

の心配も予めして置かねばならなかった。お光は十幾年住みなれた亡夫の唯一の遺産である「家」を売ったのである。そして平一郎は「父のない、そうして家のない」少年となったのである。平一郎は悲しい「零落の第一日」をよく憶えていた。梅雨上りの夕景の街は雨にぬれて空気は爽やかであった。うるんだ空に五色の虹の光輪がかかっていた。家財とても荷車に積んでみるとそんなになかった。平一郎は三度目の、そして最後の移転車のあとについて歩いた。零落したという感じ、もう家がないのだという心細さ、世間が急に狭く圧迫を強めて来るような淋しい感じ、それがその時の空にかかる虹を見ながら歩いた平一郎の実感だった。移転してしまってからも、長い間、平一郎は新しい家になじめなかった。あまりに前の家との相違がはげしかった。大きなS河のたゆみない流れの音の代りに廓の裏手から三味線の音が響いて来た。広い自分の家の代りに、八畳と四畳の二階借り、しかも階下は芸娼妓の紹介を仕事にしている家族であり、これまで手持ぶさたにしていた裁縫を、母は本気に仕事としてはげまなくてはならなくなっていた。彼は母に自分達はそれ程急に貧乏したのか、と尋ねたことがあった。