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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

氏がすべてを忘れたという点には、もっと説明が必要であろうが、男女の間の微妙な関係は、読者がよりよく理解してくださるはずである。

氏はそうして暮しているうち、相手のひとのはなはだ美しいこと――この美しさは彼女の聡明、教養、気品といったものを含んでいる――を知った。そしてやがては単なる興味を越えて、氏はかつて覚えなかった恋心を、その美代子――なるひとに感じはじめたのである。

従ってそのいい難い一週間が終わって、最早それ以上とどまることの不可能になった時、氏がどんなにその別れをはかないものに思ったことか!

「ひと月たてばまた会えますわ、だって仕方のないことですもの、ひと月たったらいらっしてね」

相手のひとの瞳に、何か濡れたものが光ったと寺内氏はいった。

そんな風にして、この奇怪な一週間は終わったのであるが、彼女の家を辞して再び氏が町の人となった時、もう氏は以前の一文なしではなかった。それが罪であるか男らしくないことであるかは知らぬ、とにかく寺内氏は充分ふた月は生活できる金をふところにしたのである。

が、この物語はこれで終わったのではない。小さな事件とはいえ、そうして寺内氏が彼女のもとを辞して久し振りに往来へ出た時、危く氏を轢き殺そうとした自動車のあったことを記しておかなければならぬ。