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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

たとえこれが氏の自殺を病死なる誤まられた名称から救うことができないとしても、それが一人でもこの真実を考えてくださる方があれば、地下の氏へは幾分の満足であろうから。またこの物語に現われた、氏の運命はやがて私達の一面の運命でもあろうと信じられるから。

恐ろしいこの物語は、三十幾歳で死んだ氏の二十幾歳の、春の、どちらかといえばものおかしい冒険から始まっている。だが読者は、微笑の陰には常に黒いマスクのひそんでいることを知ってくれるに違いない――。

――寺内氏はその時、もう都会というものに少しの未練をも感じてはいなかったとのことである。職業紹介所というものも、限られた特殊な人々にだけ必要なもので、それ以外に何の意味を持つものでないと悟った氏は、一枚の履歴書と学校の辞令と、戸籍謄本とそれから空の蟇口とをポケットに入れて、とにかく前へ前へと足を出した。

首をもたげる気にはなれなかったから、汚い地面ばかりを見て歩いたのである。しかしどうかすると氏と並行して、あるいは並行しないで、忙しそうに歩いて行くまたは歩いて来る沢山な足が視界に入った。また時には、それ等の足と足の間をとおして、通りの向こうの、立ち並んだ家々の脚部が見えた。