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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

そして老人が煙草を持って帰って来るまで、氏の胸を往来した思念は、過去への呪いでもなければ前途への想像でもなく、今去って行ったその老人の、果たしていかなる種類の人間であるかということであったという。

その服装で見れば、いかに土地不案内な寺内氏にも、老人は乞食以外の何者にも見えなかった。しかし乞食といってしまうには、その言葉の端々やそれから態度に、何か紳士的なものが感じられる。煙草をもらって来るといった言葉から考えれば、正しく老人は北海道行きの人夫引き子で、もらいに行った先はその仲間の家ではないだろうか? もしそうとすれば自分はこれからどうなるのであろう? 彼等は一度交渉を持てば、その恐ろしい集団の力で、到底相手を逃さないものと聞いている。だが、それほどの悪人が、己れの商売をするのに、煙草銭さえも持っていないとはどうしたのであろう? もし老人が乞食であれば、自分は既にその乞食から一度の食を恵まれたわけである。上京して来てわずかにふた月、もう自分は乞食の社会へ一歩を落としたのではあるまいか――と氏の胸には、そんな淋しい予感ばかりが去来した。

「さあ朝日だが――」