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うもれたにほん
埋もれた日本
和辻 哲郎
――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页
それに伴なって老夫婦は徐々に歓喜の絶頂に導かれて行くのであるが、それはまた読者にとっても歓喜の絶頂となるのである。
三島の明神とはこの苦難を味わった長者のことである。長者の妻もまた讃岐の国の一の宮として祀られている。我々はここにも苦しむ神の類型を見ることができるであろう。物語の作者は、長者夫婦が愛児を失った時の悲嘆や、山から無理やりに連れ出されてくるときの苦しみを、特に力を入れて描写している。それはこの神々を苦しむ神として示そうとする意図を作者が持っていることの明らかな証拠である。そういう意図が、日本の民間説話である長者伝説を材料として、非常に力強く表現せられているところを見ると、苦しむ神の観念が日本の民衆のなかから湧き出て来たと考えても、あまり行きすぎではないように思われる。
このように苦しむ神、死んで蘇る神は、室町時代末期の日本の民衆にとって、非常に親しいものであった。もちろん、日本人のすべてがそれを信じていたというのではない。当時の宗教としては、禅宗や浄土真宗や日蓮宗などが最も有力であった。しかし日本の民衆のなかに、苦しむ神、死んで蘇る神というごとき観念を理解し得る能力のあったことは、疑うべくもない。