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うもれたにほん

埋もれた日本

和辻 哲郎

――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页

青空文庫

として勃興して来た。彼らを英雄たらしめたのは、民衆の心をつかみ得る彼らの才能にもよるが、また民衆の側の英雄崇拝的気分にもよるのである。

群雄のうち最も早いものは、北条早雲である。彼は素姓のあまりはっきりしない男であるが、応仁の乱のまだ収まらないころであったか、あるいは乱後であったかに、上方から一介の浪人として、今川氏のところへ流れて来ていた。ちょうどそのころに今川氏に内訌が起こり、外からの干渉をも受けそうになっていたのを、この浪人が政治的手腕によってたくみに解決し、その功によって愛鷹山南麓の高国寺城を預かることになった。これがきっかけとなって、北条早雲の関東制覇の仕事が始まったのである。彼が伊豆堀越御所を攻略して、伝統に対する実力の勝利を示したのは、延徳三年(一四九一)すなわち加賀の一向一揆の三年後であった。やがて明応四年(一四九五)には小田原城を、永正十五年(一五一八)には相模一国を征服した。ちょうどインド航路が打開され、アメリカが発見されて、ポルトガル人やスペイン人の征服の手が急にのび始めたころである。

北条早雲の成功の原因は、戦争のうまかったことにもあるかもしれぬが、主として政治が良かったことにあるといわれている。