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うもれたにほん
埋もれた日本
和辻 哲郎
――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页
といっているごとく、彼の体験より出たものであるが、その中で最も目につくのは、伝統や因襲からの解放である。人事については家柄に頼らず、一々の人の器用忠節を見きわめて任用すべきことを力説している。戦争については、吉日を選び、方角を考えて時日を移すというような、迷信からの脱却を重大な心掛けとして説いている。その他正直者の重用を説き、理非を絶対に曲げてはならないこと、断乎たる処分も結局は慈悲の殺生であることなどを力説しているのも、目につく点である。我々はそこに、精神の自由さと道義的背景の硬さとを感じ得るように思う。
やや時代の下るもののうち注目すべきは、『多胡辰敬家訓』である。これはたぶんシャビエルが日本へ渡来したころの前後に書かれたものであろう。多胡辰敬は尼子氏の部将で、石見の刺賀岩山城を守っていた人であるが、その祖先の多胡重俊は、将軍義満に仕え、日本一のばくち打ちという評判を取った人であった。後三代、ばくちの名人が続いたが、辰敬の祖父はばくちをやめ、応仁の乱の際に京都で武名をあげたという。辰敬の父も「近代の名人」と評判されたが、実際はばくちをきらっていた。