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うもれたにほん

埋もれた日本

和辻 哲郎

――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页

青空文庫

それどころか、応永、永享というごとき年号を、記憶に留めるほどの刺激を受けたこともなかった。連歌の名匠心敬に右のごとき言葉があることを知ったのも、老年になってからである。しかし心敬のあげた証拠だけを見ても、この時代が延喜時代に劣るとは考えられない。心敬は猿楽の世阿弥(一三六三―一四四三)を無双不思議とほめているが、我々から見ても無双不思議である。能楽が今でも日本文化の一つの代表的な産物として世界に提供し得られるものであるとすれば、その内の少なからぬ部分の創作者である世阿弥は、世界的な作家として認められなくてはなるまい。のみならず世阿弥は、能楽に関する理論においても、実に優秀な数々の著作を残しているのである。また心敬は、絵かきの周文を、最第一、二、三百年の間に一人の人とほめている。周文は応永ごろの人であるが、彼の墨絵はこの時代の絵画の様式を決定したと言ってもよいであろう。そうしてこの墨絵もまた、日本文化の一つの代表的な産物として、世界に提供し得られるものである。もっとも、絵画の点では、雪舟(一四二〇―一五〇六)が応仁のころにもうシナから帰朝していたので、「絵かきの道すたれ果て」