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へんなおとこ

変な男

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页

青空文庫

辰代は呆気にとられた風で、一寸言葉もなかったが、それなら兎も角も上って待っていて下さいと、ほんのお座なりに勧めてみた。

「そうですか、それじゃ失礼します。」

躊躇もせずにのこのこ上りこんで、入口に近い片隅に坐り、角帽を傍に引きつけて、きちんとかしこまった。その様子が何だか滑稽じみていたので、辰代は一寸待遇してやる気になった。そして座布団と茶と菓子とをすすめた。然し彼はそれらには手もつけなかった。

「どうぞお構いなく。」

そう云ったきりで、狭い庭の方をじっと眺めていて、一応室を見るようにと云われても、端坐した膝を立てようともせずに、黙りこくっていた。

「お国はどちらでいらっしゃいますか。」と、辰代は語の接穂がないので尋ねてみた。

「鹿児島です。」と、彼は答えた。「鹿児島はいい処ですよ。」

そして彼は自ら進んで、鹿児島の風光明媚を説き出した。どの川の水もみな透明に澄みきっていて、一丈二丈ほどもある淵でさえ、底まで手にとるようで、魚の泳いでるのがはっきり見えて、釣をするのなんか実に愉快である。随って、そういう川の水の流れ込む海が、やはり底まで澄んでいて、魚の姿と一緒に桜島の影の写ってるのが、云いようもないほど綺麗である。