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へんなおとこ

変な男

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页

青空文庫

「水という水がすっかり、底まで澄みきってると思えば間違いありません。」と彼は結論した。

「それでは、舟になんか乗りましたら、恐うございましょうね。」

「恐いよりか綺麗です。……勿論、今じゃもう濁ってるかも知れませんが。」

「へえー。」と辰代は云ったきり、一寸挨拶に困ったが、それをうまくごまかした。「そうしますと、もう長くお国へはお帰りになりませんのですか。」

「三四年帰りません。」

「では高等学校もこちらで?」

「いえ、大学にはいって三四年になるんです。来年はもう卒業してやろうかと思っています。いつまでいてもつまらないですから。」

「そうでございますね、早くお卒業なすった方が宜しゅうございますよ。」

そこで彼がまた黙ってしまったので、辰代はそれをしおに座を立った。

「私はこうしてるのが勝手ですから、どうかお構いなく御用をなすって下さい。」

「それでは御免下さい。」

中腰でそう云い捨てて辰代が次の室へはいると、襖の影に娘の澄子が、今迄立聞きして居たらしくつっ立っていた。彼女はいきなり母の袂を捉えて、台所の方へ引張っていった。

「あの人変な方ね。」

「どうして?」と、辰代は聞き返した。