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なつのそうれつ

夏の葬列

山川 方夫

山川方夫『夏の葬列』。同一底本的分册已合并为一书。收入:夏の葬列、十三年、朝のヨット、煙突、お守り、一人ぼっちのプレゼント、待っている女。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,161 字 · 122 页

青空文庫

だという自信がどこかへ行っていたんだ。部屋の中の男が、にせものの「ぼく」であり、何かのまちがいだ、という確信がてんでなかった。ぼくが、扉をあけたのは、ただ単にこの「ぼく」が、どこに行けばいいかわからなかったからだ。

――だあれ?

と妻がいったが、だからぼくとしては、とっさになんていったらいいか見当がつかなかった。で、ごく遠慮がちに、――……ぼく。とぼくはいった。

それからは見ものだったよ。とんで出てきた妻は悲鳴をあげ、腰をぬかしながら奥の男をみてまた叫ぶと、この「ぼく」にかじりついた。唇をぱくぱくさせ、それから泣きはじめた。そして、奥から血相をかえたもう一人の「ぼく」が顔を出した。

そいつが、黒瀬次郎という男だった。それ以来、ぼくはやつの顔と名前を憶えたんだ。

関口は、考えこむような顔をつくった。銚子をとり、自分で杯をみたした。

――もう一人の「ぼく」か。とんだドッペルゲンゲルだな。

僕は笑った。ちらとその僕を上目づかいに見て、関口は僕の言葉にはとりあわなかった。にこりともせず、彼は話しつづけた。

――ぼくは E-305号室だが、彼は D-305号室だったことは、黒瀬が平あやまりにあやまり、名刺を出したときにわかった。