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ゆうがおのもん

夕顔の門

吉川 英治

「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,956 字 · 29 页

青空文庫

武士のくせに』

『はははは。――イヤそう思って居てもよい。其女の出て行く出て行くもこれで何度か』

『はい、今日こそは、出て参ります。此の家へ嫁いで来てから、わたしはただの一日でも、倖せだった事はないのですから』

『仕方があるまい……』

『ど、どうしてですか』

『そうして、一日一日でも、親に為した不孝の罪を償うのが、せめて其女のとる道ではないか』

『…………』

お市は、ちょっと青ざめた唇を、きりっと噛んで、詰め寄りながら、

『それは一体……何の……何ういう意味ですか』

『自分の胸に問え』

『父の惣七も、私の母も、実家は無事に暮しています。何が、わたくしが不孝をして、親たちを』

『やかましい』

『いいえ、いいえ』

『だまれ。惣七殿が御無事なのは、わしたち夫婦が、何事もなく、いや何の風波も無いように、世間へ見せているからではないか。――あの好人物な惣七殿を初め――其女の一家が、わしの胸一つで、気の毒な事になると思えばこそ、わしは彼の時、何事もいわずに婚儀をしたのだ』

『そ、そんな、偽った気持――わたくしは嫌いです』

『何を云う。誰が、偽った気持など抱きたかろう。――だが、わしはお前の両親に、頼むと、手をつかれた事があった』