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ゆうがおのもん

夕顔の門

吉川 英治

「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,956 字 · 29 页

青空文庫

ひと足先に、てまえが追いついて、お嬢様を抑えて置きますから、お後からすぐ』

出がけに、外から云うと、惣七は、窓から顔を見せて、

『楠平か、楠平か』

『はい。はい』

『よく気がついた。早く行ってくれ。――浜ではないぞ。道どりは山の方らしい』

『てまえも、そう考えます』

『わし等も、手配をして、すぐ後から行く程にな――』

楠平はもう外へ駈け出していた。主人のおろおろした声が耳に残って、いつまでも心が傷んだ。

中津の城下は、もう何処も寝しずまっていた。小笠原家八万石のお城にも、ポチと小さい灯が仰がれるだけだった。

道は、山国川の流れに添って行く。町から離れ、村から遠去かるに従って、登りにかかった。

宇佐まで六里。小倉まで十五里半。

峠の追分まで来て、ほっと楠平が汗を拭っていた時である。もう戸を閉てて人気もない筈の山茶屋の陰から、人影が二つ――寄り添って彼方へ行くのが見えた。

『あっ? ……やっぱり相手は格之進』

楠平は、覚られないように、身を屈めて追いかけた。

もう一人の方は、紛れもない主人の娘の――お市であった。

『お待ちなさいっ。――お嬢様、格之進様っ』

不意に馳け寄って、楠平は、男女の袂をつかまえた。