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ゆうがおのもん
夕顔の門
吉川 英治
「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,956 字 · 29 页
『……居りません』
と、冷ややかに云ったのみで。
兵庫は、書き物に疲れた眼をあげて、筆架へあらく筆を擱いた。
彼の周りは、書物に埋っていた。
伸びるままに委せてある庭の雑草のように、彼の身のまわりも、独り者のように、散らかって、塵が積っていた。
『居ない? ……。それは当り前だ。そんな所に立った儘、庭木を見ていた所で、見える筈はない。外を歩いて探して来い』
『…………』
彼女は然し――その立っている所から動かなかった。
今し方、良人に代って、鷹小屋の中へ這入って鷹へ餌をやる時、過まって、鷹を逃がしてしまったのである。
鷹の糞だの、羽虫のにおいだのがして、その中へ這入ると、彼女はいつもむっとする。だから彼女は鷹が嫌いであり、鷹に不親切であった。
飼い馴れている鷹であるから、本来逃げる筈のものではないが、彼女の姿を見ると、鷹も怒るのであった。過失ちの因は、そこにあった。
それを良人の兵庫は、叱りはしなかったが、
(探して来い)
と、先刻から云っているのだった。
(馴れた者が、口笛をふくなり、手をあげて呼べば、鷹は拳に降りてくる。おまえも、鷹匠の妻ではないか)