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よるのわかば

夜の若葉

宮本 百合子

「婦人朝日」1940(昭和15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,072 字 · 24 页

青空文庫

一

桃子の座席から二列ばかり先が、ちょうどその二階座席へ通じる入り口の階段になっていた。もう開演時間の迫っている今は、後から後から込んでいかにも音楽会らしい色彩の溢れたおとなしい活気の漲った混雑がそのあたりに渦巻いている。プログラムと書類入れの鞄とを膝の上に重ね、そこへ両腕をたがい違いにのせた寛いだ姿態で、桃子は目の下の賑やかな光景を、それもこれから聴こうとする音楽の添えものとしてたのしむ眼付で眺めていた。桃子のところからは正面に、入り口を囲んでめぐらされている手摺が見えた。下の大廊下から絶え間なく流れ込む人々は、一段一段のぼって来て、先ず頭から先にその手摺のところに現れ、ついで肩、帯、やがてすっかりの姿となって、時には互によけ合って却ってぶつかったりもしながら通路を夫々の座席に動いてゆく。いろんなきもの。いろんな帯。いろんな髪の形。夫々の趣向をひそめたそれらの色と動きとを巻きこんで、熱心に調子を合わせているバスの絃の響、笛の顫音、ヴァイオリンの入り乱れた音などが期待を誘う雰囲気をかもして、しめられている舞台のカーテンの彼方から場内いっぱい漂っている。