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よるのわかば
夜の若葉
宮本 百合子
「婦人朝日」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,072 字 · 24 页
空いていた桃子の右隣りに譜をプログラムに持ち添えた青年が来た。桃子はスカートをまとめてすこし体を肱かけからずらし、自然な動作のつづきで柔かく顎をひきながら襟に插している渋い色の匂い菫をかいだ。勤めからまっすぐまわって来る桃子は、小さいけれども生きたその花を襟にさして、一つの夜を自分なりの心持よさに飾っているのであった。
ふと、目の下の木手摺のところへ現れた一人の男の姿が桃子の視線をとらえた。横を向いた顔でそれがたしかに順助だと判ると、やっぱり来たのねという気持を率直な表情にあらわして、桃子は順助がこっちを振向くのを待った。学校時代からこの交響楽団の演奏会だけは来ている従妹の席を、やはり音楽好きの順助はよく知っているのであった。今も順助は、持ち前の何となし寛闊なところのある身ごなしで帽子を脱ぐと、頭をめぐらして、高いところから自分を見守っている桃子の顔をなんなく見つけ、爽かな笑顔でもって頷いた。親愛のこころそのままの様子でそれに応えている桃子から順助へと、隣席の青年が青春の敏感さで目をうつした。順助のとりつくろわない全体に何かただようものがあって、それは男の目をひくものをもっているのであった。