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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
初めはどうしてこれだけの餅と飯と汁とを食べるだろうと思っていると、見る間に八方から延び出る手で減っていくその迅さ、私の食慾などというものは生存の価値なきがごときものだ。やはり私は見るために生れて来た人間だとつくづくと思った。
十一月――日
澄み重なった山脈のその重なりの間に浮いた白雲。刈田の上を群れわたっていく渡鳥。谷間で栃の実がひそかに降っている。
久左衛門は田の中でまだ稲刈をしている若者を見ながらいう。
「おれの若いときは一時間に二百五十束もしたもんだ。ところが、今の若いものは、よく出来るもんでも百二十束だのう。ほら、あの通り、掴んで刈った束の置き方も知らんのじゃ。掴んで切りとったのをすぐ横に置く。あれは縦に置かぬと駄目なものじゃて。」
「あなたの田はまだ刈り上らないんですか。」と私は訊ねた。
「今年は三週間も遅れている。稲が乾かぬのじゃ。奥手はこれからだのう。」
少し日の目を見ると架の稲を一枚ずつ裏返して干している。田の稲を刈っても米になるまでには三週間もかかるというとき、早米の収穫でようやく補給をつけていた農家も、稲の乾きの遅さでまた食糧を借り歩くようになり、久左衛門の家の貯蔵米がまたしても人人から狙われて来たということだ。