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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

妻や子供たちは恐れをなして早くから寝た。酒乱癖の彼の酔った夜は、清江はあたりの物をすべて取り片附けて傍へは近よらない。鉄瓶、薬鑵、どんぶり鉢、何んでも手あたり次第に清江に投げつけ、「出て行け、帰れ。」といいつづける参右衛門の口癖も、今夜は結婚式で上機嫌に歌を謡っている。袴をつけた大きな顔をにこにこさせ、暫く皆を笑わせてはいるが、後はどうなるものか分らない。

「参右衛門が酔ったら、そっと座を脱して下されや。恐ろしい力持ちじゃ。おれはあれから殴られた殴られた。」

と、こう私に注意した久左衛門のこともある。子供たちが参右衛門の下手な歌を面白がってときどき蒲団から頭を上げるが、

「そうら、来るわ。」と妻に云われると、ぺたりとまたすっ込む。

しかし、隣家が結婚式だと思うと、誰でも自分らのそのときの事を思い出す。おそらく参右衛門の酔いにも、清江の幻影が泛んだり消えたりしていることだろう。二人は同級生で、卒業式の写真の中に一緒に二人の写っていたのを私も見た。

「これ、こ奴がおれの女房になろうとは、思わんだのう。それに、こ奴が――」

そう云っては幾度も突ッついた跡が、写真の清江の顔にぶつぶつとついている。