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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

も早や一座の人人は、何もかも知りきっているその後の会話で、今夜は私を慰めてやろうという好意ある会合と分った。

清酒が温まる程度に出て、刺身、いくら、鳥雑煮、しるこ、等、禅堂の曇らぬ美しい椀と箸の食事となって、切り口を揃えた菜の青いひたし物が雪の夜の歯を清めた。私は本当にこの食事に感謝した。感謝のしるしに何か、と思うと、何もないかなしさに瞬間襲われたが、また胸中駈けめぐって見ても何もない。ほッとそのとき出て来たのが、

「昨夜は面白かったですよ。深夜にね。」

という醜態になった。ところが、この参右衛門夫婦の短い昨夜の饗宴の話は、ひどく皆を慶ばせた。特に老人たちは一層慶びにほころび、和尚はたいへんな感動の仕方で、

「それは珍らしいお話だ。ふむ、それは良いところを御覧になりましたね、ふーむ。」

と云うと、それから話に花が咲き始め、座は急に賑かになっていった。

これらの雑談の中で、いつも黙っていた一人の農業技師だけは笑わなかった。参右衛門夫婦の話は、老人でなければ興趣の薄らぐ種類にちがいないが、若いこの技師の胸中で鳴りつづけていたものは、他にあった。この人は一言何かぼつりと口を開くと、同じことばかりを繰り返した。