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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

この句は人と共に滅ぶものだ。耕し、愛し、眠り、食らうものらと共に滅んでゆくものでは、まだ美しさ以外のものではない。人の姿などかき消えた世界で、次ぎに来るものに異様な光りを放って謎を示す爪跡のような象徴を、がんと一つ残すもの。それはまだまだ日本には出ていない。人のいた限り、古代文字というものはどこかに少しはあったにちがいなかろうが。

しかし、私は米のことを書こう。滅ぼうとしてもまだここに人人が喰い下ってやまぬ米のことを。どんなに人人が自身に嫌悪を感じようとも、まだ眼を放さず見詰めている米のことを。これは農村のことではない。谷から、川から、山襞から、鬼気立ちのぼっている焔のことだ。私は地獄谷を書きたい。今ほどの地獄はまたとないときに、その焔の色も色別せず米を逐う人人の姿は、たしかに人が焔だからだ。自身の中から燃えるものの無くなるまで、火は火を映しあうだろう。

九月――日

雨だ。こんな日の雨天は、稲の花が結実しようとしている刻刻のころだから、朝夕が涼しく、日中がかッと暑くなくてはならぬものだ、と久左衛門が私にいう。もし今日のように雨天なら、実の粒が小さくて、一升五万粒を良とすべきところも、七万粒なくては一升にならぬ。