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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

」

「ふむ。」

ふむ、と私の云ったのは、そんな赤の他人の呟いたひと言に、今の私たち全部を支えている心が、どこかの一点で頼っているのかもしれないと、ふと私は考えたからである。たしかに、もし久左衛門の家が傍になかったら、私らの生活の手段を何らかの方法で私は変えねばならぬにちがいない。野菜、米、味噌、醤油、塩、これら必需品を求める手がかりは、皆目まだ眼鼻も立っていない。しかし、今は、私は八方手をつくして、部屋の借り得られる村村を探し、その尽くに失敗した後、ようやく独力で探しあてた一室である。必需品のことなど考えられない場合だった。移って来た夕方、薄暗くなって来ると、妻は部屋の隅のまだ解かない荷物にもたれかかって泣いていた。

「どうするんでしょうね。これから。」

「どうするって。当分こうしているわけさ。」

「そんなことで良いのかしら。」

「暗くなって来たからそんなことを考えるんだよ。明日の朝になれば何もかも分る。まア、明日の朝まで辛抱することだ。」

「あたし、帰りたい。」そして、また妻は泣いた。

「明日のことは思い煩うことなかれ、ってことあるじゃないか。」

「あなたはただそうじっとしてらっしゃればいいから、そんなこと仰言るのよ。