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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
今あたし、お勝手もとへ行ってみたら、真っ暗で、何一つ見えやしないんですもの。水一つ汲もうにも手さぐりで、やっと分ったほどですのよ。毎日毎日こんなんじゃ、あたし、どうしたら良いかしら。」
十室ちかくある家全体で、小さな電灯がただ一つよりない。それも炉間にぶら下ったまま光は私らの部屋までは届かない。電気屋を呼ぼうにも、参右衛門の家が長く電気代滞納のため、もう来てくれないという。
「六畳一室に四人暮しで、電灯がないとすると、相当困るね。」
しかし、私にはまた別の考えが泛んでいた。まったく私には一新した生活で、私一人にとっては自然に襲って来た新しさだ。何より好都合と思うべきことばかりだが、それだけは口外すべからざる個人的興味のこと。私はただ黙って皆を引摺ってゆけば良いのだ。
「東京にいたときのことを思いなさい。あれよりはまだましだ。」と私は云った。
「でも、あのときは、もう死ぬんだと思っていたんですもの。何んだって辛抱出来たわ。」
「それもそうだ。」
ここなら先ず安心だと思ったから一層不安が増して来たという理由は、たしかに今の私たちにはあった。死ぬ覚悟というものは、そのときよりも、後で分ることの方が多いということも、たびたび今までに感じていたことだのに、それが再びここまで来てまた明瞭になったのは、よほど私たちの気持ちも