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ゆめのさつじん

夢の殺人

浜尾 四郎

「新青年」1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,670 字 · 26 页

青空文庫

「どうしたって此の儘ではおけない。……いっそやっつけちまおうか」

浅草公園の瓢箪池の辺を歩きながら藤次郎は独り言を云った。然し之は胸の中のむしゃくしゃを思わず口に出しただけで、別段やっつけることをはっきり考えたわけではなかった。ただ要之助という男の存在のたとえなき呪わしさと、昨夜の出来事が嘔吐を催しそうに不快に、今更思い起されたのである。

藤次郎が新宿のレストランN亭にコックとして住み込んだのは今から約一年程前だった。

彼は二十三歳の今日まで、殆ど遊興の味を知らない。実際彼は斯ういう所に斯ういう勤めをしているには珍らしい青年である。彼の楽しみは読書だった。殊に学問か、それでなければ修養の本を、ひまさえあれば貪り読んだ。

レストランN亭のコック藤次郎は、いつかは一かどの弁護士になって懸河の弁を法廷で振うつもりでいた。元より彼には学校に通う余裕はない。従って独学をしなければならなかった彼は可なり以前から××大学の講義録をとって法律の勉強をしていたのである。

斯ういう真面目な青年の事だから主人の信用の甚だ厚いのは無論である。それ故、一定の公休日でない今日、彼が一日のひまを貰って浅草公園を歩いているのは大して不思議な事件ではないのだ。