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おおいがわおくやまのはなし

大井川奥山の話

木暮 理太郎

「新家庭」1920(大正9)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,724 字 · 20 页

青空文庫

昼すぎ霧が少し薄れたので近所を散歩して見た。或所では松虫草の群落が露にうなだれて、花からは紫色の玉がこぼれていた。又或所では夕菅か日光黄菅らしい樺色の花が草原に咲き乱れて、パッと日がさしたように明るい。珍車の実が露にぬれた長いほうけた毛を風に梳らしている。梅鉢草、白山一華、白馬千鳥なども皆花をつけていた。岳ビル(行者ニンニク)はもう軟くもないが汁の実に入れると、虫の巣になった大根の切干よりは遥にうまい。空が大に明るくなって田代方面に雷鳴が起った。人夫は水を探しに右の谷へ下りて行ったが、二時間許りして失望しながら帰って来た。遠雷の響が絶えず空気をどよもしている。雨がまた降り出した、雷鳴も漸く激しくなって、二、三度頭上ですさまじく鳴りはためくと、次第に大井川方面に移って行く。霽れる兆かと喜んだが、これは糠喜びに終って、空は益々暗くなり、一陣の風と共に大粒の雨がほの白くあたりをたち罩めてしまった。此雨は終夜止まなかったらしく、夜半に目を覚すと、勁風の吹きすさぶ中に天幕を打つ雨の音が豆を叩きつけるようであった。

五日の朝となっても西風は依然として烈しく、咫尺を弁ぜぬ濃霧なので、どうにも方法がないからまた滞在と極める。