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おおとりものせんにんつぼ

大捕物仙人壺

国枝 史郎

「太陽」博文館、1925(大正14)年7月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,606 字 · 97 页

青空文庫

母のお琴はそれと見ると、棒のように立ち縮んだ。

「鼬!」と顫え声で先ず云った。「口笛の音? ああ幽霊!」

それからバッタリ仆れてしまった。

お琴は気絶したのである。

鼬の姿はいつか消え、遠くで吹くらしい口笛の音が、なお幽に聞こえていた。

3

「私は現在見たんでさあ。嘘も偽わりもあるものですかい。ええええ尾行て行きましたとも。するとどうでしょうあの騒動でさ」

楽屋へは朝陽が射し込んでいた。人々はみんな出払っていて、四辺はひっそりと静かであった。女太夫の楽屋のことで、開荷、衣桁、刺繍した衣裳など、紅紫繚乱美しく、色々の物が取り散らされてあった。

「でも本当とは思われないよ。そんな事をする人かしら?」

「恋は人間を狂人にしまさあ」

「だって妾あの人に対して何もこれまで一度だって……それに妾達は従兄妹同志じゃないか」

「従兄妹であろうとハトコであろうと、これには差別はござんせんからね。……私はこの眼で見たんでさあ」

「だってそれが本当なら、あの人それこそ人殺しじゃないか」

「だからご注意するんでさあね」

「ただの鼬じゃないんだからね」

「喰い付かれたらそれっきりでさあ」

「恐ろしい毒を持っているんだからね」