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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
23 他生の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页
お絹は日頃、主膳の酒癖を知っているから、この点は厳しくして酒を禁じていたものです。主膳もまた、その悪癖を自覚しているから、お絹の禁制をかえって力にもしていたようですが、今は、矢も楯もたまらず酒が飲みたくなって、下男を追立てたものです。
で、居間に入って、ひとりでチビリチビリとやり出した時に、ようやく鬱憤が、酒杯の中へ燦爛と散り、あらゆる貪著がこの酒杯にかぶりつきました。
やがて癇癪が納まって陶然――陶然からようやく爛酔の境に入って、そこを一歩踏み出した時がそろそろあぶない。
「誰だ、そこへ来たのは」
酔眼にようやく不穏の色を浮ばせ、主膳が一喝したのは、まさしく酒乱のきざしと見えました。幸いにそれを真向から受ける相手がいない。
「誰だ、案内もなくそこへ通ったのは?」
誰もいないはずの人をとがめていると、いないはずのところで、
「はい、これは神尾主膳様」
と返事がありました。
「誰だ、聞覚えのない声じゃ、襖をあけて面を見せろ」
「神尾の殿様」
「拙者の名を聞くのではない、そちの名をたずねているのじゃ、何者だ」
「御酒宴中のところを、お邪魔にあがりまして相済みませんが……」