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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

23 他生の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页

青空文庫

悪獣毒蛇を恐れない茂太郎が、この時、面の色を真青にして返事ができませんでした。

清澄の茂太郎は、アッとばかりに立ちすくんでしまいました。

がんりきの百蔵は、立ち上って左の手で茂太郎の右の手首をつかまえてしまいますと、

「叔父さん」

茂太郎は悲しい声を出しました。

「何だ」

「堪忍しておくれよ」

「堪忍するもしないもありゃしねえ、お前をよくしてやるんだぜ」

「だって」

「こんな山ん中に隠れているより、江戸へ出りゃあ――両国橋へ帰りさえすりゃあお前、いい着物を着て、うまいものを食べて、人にちやほやされて……」

がんりきの百蔵は、やさしく言って聞かせるように、

「楽ができて、うまいものが食べられて、人からは、やんやといわれて、それでお金が儲かるんだ」

といいました。

「叔父さん、あたいは、この方がいいんだよ、こっちにいたいんだから……」

「何をいってるんだ」

がんりきの百蔵が、茂太郎の言い分をとりあわないのは、あながち、この子供のいやがるのを拉し去ろうというのではなく、自分の推量で、つまり、いま言った通り、江戸へ帰りさえすれば、楽ができて、うまいものが喰べられて、いい着物が着られて、人から可愛がられるのに、こんな山の中へ拐されて来ているのを、不憫がる心もいくらかあるのです。