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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

24 流転の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,272 字 · 313 页

青空文庫

そこは笹原がかなり広く続いたところであるのに、いま通り過ぎたと思った浅吉さんの姿が、もう見えないものですから、わたしの身の毛がよだちました。

でも、急いで、あの林の中へ入ってしまったのだろうと、わたしも暫く立ちどまって、林の方を見ておりましたが、不安心は、いよいよ込み上げて来るばかりです。

あの人は、いつぞや林の中で縊れて死のうとしたのを、わたしが見つけて、助けて上げたことがあるくらいですから、もしやと、わたしは、堪らないほどの不安に襲われましたけれども、その時は、どうしたものか、あとを追いかけて安否を突き留めようとするほどの勇気が、どうしても出ませんでした。

無名沼の水の面影といい、今の浅吉さんの蒼い色といい、すっかり、わたしを脅して、たとえ一足でも後ろへ戻ろうとする力を与えませんのみならず、先へ先へと押し倒されるような力で、宿まで走って参りましたのです。

宿へ帰って見ると、ここはまたなんという静けさでしょう。渓谷の間を曲って来る日の光というものは、こうも明るく、澄み渡るものかと思われるばかり。障子も部屋の隅々も、わたしのこの手紙を書いている机の上の、紙も、筆も、透き徹るほど明るく澄み渡っています。