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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

24 流転の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,272 字 · 313 页

青空文庫

後ろ影を見送って心配する者もありましたが、それも目には入らないで、お銀様は、ただもうふらふらと歩いているだけのようです。それでもややあって、

「おや?」

とわれに返った時は、月があるのか無いのか知らないが、天地がぼかしたように薄明るく、行く手の山を見ると、それは見覚えのある地蔵、鳳凰、白根の山つづき。

ああ、いつか知ら、甲府の町は離れてしまった。それでも、われを忘れて歩いていた道は、忘れもしない竜王道。

知らず識らず、自分は故郷の方へ近く歩いていたのだと知りました。

このあたりは、もう、人家とては一つもなく、往来もまた人通りがありません。

故郷の有野村。

そんなつもりではなかったのに、どうしてこちらへばかり足が向いたのか。

越鳥は南枝に巣くうということだが、いい知らぬ人情が、本能的に人を故郷の方へ向けてしまうと見える。

ああ、あれは有野村のわが屋敷の中の森ではないか、あの黒いのは。

有野村一帯は父の家のようなものだが、わけてあの黒い森の下に自分のと定められた家がある。

故郷、自分は故郷へ帰るつもりではなかったのだ、故郷を避けて通るつもりであったのに、故郷が自分を引きつける。