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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

24 流転の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,272 字 · 313 页

青空文庫

「わたしも、豪傑だろうと思ったのさ」

「だからね、わたしたちじゃお歯にあわないから、力持のお勢さんを、あのお客様の接待係専門にしてしまおうじゃないか」

こんなことをいって、力持のお勢さんがちょうど、当番の日。

この日、白雲は、どこかでローマ字綴りの仮名をつけたのを、半紙へ幾枚か墨で書いてもらって来て、それを練習している。その時分、市内を訊ぬればしかるべき蘭学や、英語の塾はあるべきはず。それに入学して師につくの順序を厭うて、どこまでも独学で行くの寸法らしい。凝り出すとこの男も寝食を忘れる性質で、力持のお勢さんが来ても脇目もふらない。

力持のお勢さんも、この人にはなんだか畏敬が先に立つと見えて、お給仕の時も冗談が一ついえないで堅くなっている。

夕方、二階へ明りをつけに行って、恭しく引きさがって、自分は長火鉢の前に頬杖ついて留守居していると、

「今晩は……」

と訪れの声がして、格子戸がガラリとあきましたが、お勢さんは立たないで、

「どなた?」

と言いました。多分心安立ての仲間うちが来たものと思ったのでしょう。

「御免なさいよ」

それは聞いたような声でしたけれど、女ではありません。