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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

24 流転の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,272 字 · 313 页

青空文庫

「お入りなさいな」

お勢さんはまだ立たないで、返事だけをしました。

そこで、障子をあけて、

「御免よ」

といって顔を出した男を見て、力持のお勢さんがハッと驚きました。

「まあ、がんりきの兄さん」

「お勢ちゃんかい」

「なんて、お珍しいんでしょう」

お勢さんは、大きな体を揺ぶって出て来ました。

「すっかり御無沙汰しちゃったね」

がんりきの百蔵は、唐桟の半纏かなにかで、玄冶店の与三もどきに、ちょっと気取って、

「時に、これはどうしたい」

といって親指を出して見せると、

「親方はお留守なんですが、まあお上りくださいましよ」

「留守かい」

「ええ、お留守でございますが、まあお上りなさいまし」

「すぐ、帰るかね」

「いいえ……ちょっと旅へお出かけなすったんですから」

「旅に出たって? おやおや」

がんりきは、やや失望の体で上り口に佇んでいると、お勢さんは、

「兄さん、どうなすったのだろうと、みんなで心配していましたわ」

「なにかえ、親方は旅に出たって、どっちの方へ行ったんだろう」

「箱根から熱海の方へ……」

「洒落てやがらあ」

がんりきは少々興醒め顔をして、

「まあ、仕方がねえや、それじゃお留守にひとつお邪魔をすることにして……」