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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
30 畜生谷の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,962 字 · 145 页
「いやなことを、おっしゃいますな」
お雪は、そこで、またちょっと不快な気持になっていると、その際に、ずっと以前から外で呼び続けられてはいたのだけれども、お雪ちゃんの耳に、はじめて入るけたたましい人の声を聞きました。
「駒さんよ――」
「聞えたかえ、もう一ぺん戻って下さいよう、聞えたかえ、駒さんよう」
「早く戻らさんせよう」
「早く帰らさんせよう」
極めて単調の声で、野卑な哀音が夜をこめて、やや遠いところから、絶えず呼びつづけられていたらしいが、急に目ざめたお雪には、今となってはじめて聞えて来たものです。
「何でしょうね、先生、あの声は」
「あれはね、この近所の家で人が死んだのだそうだ、人が死ぬと、この土地の習いで、ああして三日三晩の間とか、その名を呼びつづけているのだということを、さいぜん、女中が来て話して行った、ぬけ出した魂魄を呼び戻そうというのだろう」
「いやな習わしですね」
「うん、気にして聞いていると、自分が地獄から呼び戻されてでもいるようだ」
「でも、よろしうござんした、こちらは首尾よく呼び戻してしまいましたから。ねえ、先生、ここに鎧櫃がございますね、ここへ休まれる前に、あなたに向って、わたしが冗談を言いましたが、先生、あなた、この鎧櫃へお入りなされば、わたしが白川へでも、白山へでも、おぶって行ってあげると言い