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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
33 不破の関の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 86,467 字 · 168 页
泊って行けと言ったのも、「あら、わたしのところじゃ、おいやなの……」と言ったのも、先方の単純なお世辞で、こちらがそれに甘んじて、のこのこと芸妓家へ泊り込んだりなどしたら大笑いだ。今晩福松を訪ねたのは彼女を利用せんがためであって、その好意に甘えんがためではない。
兵馬は、この間の代官屋敷の兇行者を、がんりきの百蔵だと睨んでいないまでも、彼が有力な芝居をすることを前後の事情から推察している。だが、がんりきをがんりきとして目星をつけたのではない。代官屋敷に宿直をしている時、自分とお蘭さんとを間違えて口説きに来た悪党めいた奴があった。その時、取っつかまえてやろうとしたが、存外すばやい奴でとり逃したが、あいつがこのたびの事件に有力な筋を引いているように思われてならない。代官の首を斬るというほどの役者ではないが、お蘭さんをかどわかすぐらいのことをやり兼ねない。時を同じうしての出来事だから、代官を斬ったのと、お蘭を奪ったのとが同一人の仕事のように見えるけれども、どうも別々の事件のように思われてならない。
そうして、代官を斬った奴はもうとうに国境を出て行ってしまっているかも知れないが、お蘭さんをかどわかした奴は、ことによるとまだ町の内外に隠れて、ほとぼりの冷めるのを待っているかも知れない。