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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

41 椰子林の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页

青空文庫

臨時かしずきの役を承っているお角さんは、供待部屋を己れが本拠として、すやすやと昼寝の夢をむさぼっているというていたらくですから、さしも広大な光悦屋敷が、さながら人あってなきが如くなるも道理です。

兵馬は、それがために、あぐね果てて空しく門前を行きつ戻りつしているが、無人境の一得には、いくら行きつ戻りつしたからとて、べつだん怪しげな目を向ける人もない。それが有ってくれる方が、かえって所望だと言いたいくらい、取合われないのが物足らぬこと夥し。ここで思いきって門内に進入し、過日、胆吹山の廃墟で試みた手段をとろうかと決心して、さすがに思い煩う途端、初めて表門の四辺がザワついて、ひゅうと風を切って走り出したもののあることに目をみはり、

「あ!」

と兵馬も驚いたのは、熊にあらず、羆にあらず、この国ではめったに見ることができない、というよりも、太古以来絶えて存在を許されていない種類の動物、唐国の虎という獣に似たやつが一頭、まっしぐらに門の中からおどり出したからであります。

「虎!」

と叫んでみたが、虎でない。

「彪!」

と呼び直してみたが、彪でもない。全身斑にして、その身体は虎彪に匹敵して、しかもそれよりも勇んでいる。