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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

41 椰子林の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页

青空文庫

「冗談を言ってはいけない、食べるためには、釜よりは米がさきだぜ、米が有っても釜がないという時には、何とか遣繰りはつくだろうが、釜がこの通りグラグラ沸き出しているのに、米がないでは、食べて行けないじゃないか」

「いえいえ、お米ばかりが食物ではございません、肉というものがございます」

「肉! 贅沢だなあ、米のない里はないが、肉はそう簡単には求められまいぜ。だが、婆さん、肉ならばお前、持合せがあるというのかい」

「はい、それはもう不自由は致しませぬ、肥え太った美肉というわけには参りませんが……」

と言ったかと見ると、婆さんはやにわに、腰に巻いた真紅のゆもじを引脱いで、真裸になったと覚えたが、身を躍らしてグラグラと沸騰する大釜の中へ、われとわが身を投げ込んでしまいました。この早業には、さすがの竜之助も、

「あっ!」

と言って見えない眼をったが、見えないはずの眼がありありと見える。釜の中では老婆の肉が盛んに煮えつつあるのです。なるほど、これは肥え太った美肉とは言えないが、骨附きの痩肉ではあるが、肉は肉に相違ない。肉の持合せに不自由はないと言ったが、なるほど、これはお手の物だから、携帯洩れのあろうはずはない。