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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

41 椰子林の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页

青空文庫

「近ごろは、ああして、どんどん焼が御大相に売れるんでございます、朝早く行きませんと売切れになっちまうんでございまして、それであの通り行列がつづきます」

「ここのどんどん焼はそれほど名物なのか、特別に旨いのか」

「いいえ、べつだん旨いというわけでもございませんし、近頃の新店で、べつだん名物というわけでもございませんが、変な風説が起りまして、近ごろは、ああやって飲食の前へ人立ちをするのが流行り出しました」

「変な風説というのは、いったい何だ」

「なあに、つかまえどころがあるわけではございませんが、つまり、関東と、関西と、近いうちに大合戦がはじまる、いつ、薩摩や長州が、江戸へ攻め込んで来ないものでもない、そう致しますと、食糧がひっぱくになる、軍の方の兵糧には困りませんが、一般市民が食うに困る、米も出廻らなくなるし、麦も来なくなる、そういうわけで、どんどん焼が急に売れ出すようになりました」

「ふーむ」

と神尾主膳は、まだその行列をながめて突立っている。

神尾が動かないから、渡り者の老仲間も動くわけにはゆかない。テレきってお傍についていたが、やがて、

「一つ買って参りましょうか」