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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
34 白雲の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页
「時に先生――」
いやに改まった物の言いぶりです。
「何だ」
「承りますと先生は、あの赤穂義士の書き物がたいそうお好きだそうで……」
「ナニ、赤穂義士の書き物――そんなものは別に嫌いではないが、改まってきかれるほど好きではない」
「でも先生は、仙台様の御宝蔵にあって、たとえ将軍家が御所望になってもお貸出しをなさらない赤穂義士の書き物を、一目見たい見たいとおっしゃったようにお聞き申しましたがな……」
「こいつ……」
白雲が罵ったのは、怒ったからではありません、呆れ果てたからです。思わず眼をまるくして「こいつ」と前置をして、
「それをどこで聞いた。赤穂義士ではない、支那の王羲之といって、支那第一等の書家だ。その書が仙台家にあるそうだから、それを見たい見たいと言ったには相違ないが、それを貴様、どこで聞いていた」
「いや――その、ちょっと、失礼ながら立聞きを致しました。先生が、それほどにごらんになりたがるほどのものならば……と、この老爺、またしても持って生れた病がきざして参りましてな」
「ナニ、何がどうしたというのだ、仙台公秘蔵の王羲之は、国主大名将軍といえども借覧のかなわないものだから、是非に及ばない。