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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

34 白雲の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页

青空文庫

苟もその道に精進しようとするものは、一枚の絵のために、千里の道を遠しとせざるほどの意気が無ければならん。それに就いて思い起すことは、永徳ももとより結構に相違ないが――伊達家には、まだ一つ、天下に掛替えのない筆蹟があるはずじゃ、それを御承知か」

「伊達家のことでござるから、それは天下に掛替えのない宝が一つや二つではござるまいが――刀剣であろう、茶器であろう、これらは拙者に於てあまり渇望もいたさぬし、また渇望いたしたからとて、拙者のような乞食画かきに、わざわざ宝蔵を開いて見せる物好きな三太夫もござるまいとあきらめています」

「それもそうだ、観瀾亭の襖絵は、相当の紹介があれば誰にも見せてくれるだろうが――もう一つのは――これは到底及びもつかないことだろう、その点はあきらめるのが賢明ではあるが、学問のために、伊達家には、しかじかのものがあるということを覚えて置くのは無益でもござるまい」

「左様――として他の宝を数えるのは知恵のない骨頂ですが、いったい、あなたがこの際、ぜひ覚えて置けとおっしゃる伊達家の至宝とは何物ですか」

「それはなあ、もちろん伊達家のことだから、天下無二の宝が数知れず宝蔵の中に唸っているには相違ないが――貴殿御執心の永徳よりも、それこそ真に天下一品として、王羲之の孝経がござるはずじゃ」