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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

34 白雲の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页

青空文庫

「そうですか」

「わかったか」

「わかりました。さあ、ムク、おいで」

心得顔にムク犬を促し立てて、白雲に教えられた通りを茂太郎が歩み出そうとすると、ムク犬はこの時、臥竜梅の下へ行って、桶屋さんの仕事ぶりをすまし込んでながめているところです。

「ムク――」

呼ばれても、ちょっと動きそうにもありません。

「ムク、何を見ているの」

そこで、茂太郎も、ついのぞき込んで見ると、桶屋のおやじが、長い竹を裂いて、その尾を左右に揺動させながらハメ込む手際を面白いと見ないわけにはゆきません。

ムクを呼び立てた自分が自分に引かされて、両箇が轡を揃えて桶屋さんの前に突立っている。この桶屋さんの箍捌きのどこがそんなに気に入ったのか、茂公と、ムクとは、一心こめて手元に見入ったまま動こうとはしません。

田山白雲は、そこでまた写生帖の筆を進めて梅をうつしにかかりました。

「坊ちゃんは、どちらからおいでなさいました」

不意に、気のいい桶屋さんからたずねられて、茂太郎は、

「お船から」

「お船はどちらから?」

「房州の洲崎というところから」

「ほうほう、それは遠いところですね」

「遠いよ」

「そのお船は、今どこについておいでなさいやす」