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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

ようにけらけらと笑うのを止めなかった。その場で李明植というその若い男は傷害のかどで臨席の警官に連行されて行った。調理人達はその席上の玄竜のふてぶてしさに随分驚かされたが、又こういう調理場のような変なところへ彼が現われてみると、いよいよ面喰らって怪訝そうにお互い顔を見合わせた。誰とて笑う者もなく、ただ一人が驚いたように首を振っておしぼりはないという仕草をした。と、彼は一度でれりと横目で皆を睨み附け、いきなり鼠のように水道の方へ飛んで行ってざあざあ水をぶっ放したかと思うと、頭を突き出してふーふー水を浴びながら顔を洗うのだった。皆はてんから呆気にとられたが、彼がへへへと照れ臭そうに笑いつつ出て行った時、

「気違いじゃろか」と先の一人は首をひねったのである。

「いや、玄竜だ、玄竜だよ」

「そうだ、あれに違いない」

「小説家の玄竜だよ」

等と、皆は口々に囁き合いながら、食器の出し口に寄り集って覗き出した。見れば玄竜はもう自分の席に帰って、丁度傍においてあった朝刊を鷲掴みにして顔や首筋をふいているのだった。彼はちらっと流眄で調理人達が詰め寄り自分の方に目を注いでいるのを見やると、すっかりいい気になって、真黒く濡れて皺くちゃになった新聞紙をぽんと鷹揚に卓の上へ投げた。