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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

「おやおや、どうなさいましたの」

と駆け寄って来た。が、玄竜は気でもふれたようにただじろじろと彼女を物珍しそうに見上げただけである。老婆は魂消たと云わぬばかりにぶつくさ呟きつつ台所の方へ消え失せた。文素玉はひとりで当惑してしまったが、やっと気を立て直し渾身の力をふりしぼって彼を抱き起した。彼は昨夜酔いつぶれて帰ったなり寝床へ俯伏せになっておーおーと泣く中に寝附いていたので、洋服着のままであった。詩人は彼の洋服についた埃をはたいてやりながら、「一体どうしたというんですの」と云った。「ええ、玄竜さん、今日は又何かの霊感でも得たようね。早く行きましょうよ、もう直ぐ時間になりますのよ」

玄竜は痴者のように坐って気味悪げににたにた笑ってばかりいたが、その時ほんの少しの意識のかけらでも閃いたのであろうか、怪訝そうに首を長くして質ねた。

「何が?」

「おやまあ」彼女は玄竜の顔附にびっくりして後ずさってもじもじした。「……今日は祭日じゃありませんの、神社へ行きますのよ」

「神社?」

彼は何か六カ敷いことでも思い出すように問い返した。

「……そうよ」

すると玄竜は急にどうしたことかけっけっと笑い出した。