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ふうふがさっかであるばあい

夫婦が作家である場合

宮本 百合子

「行動」1934(昭和9)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,933 字 · 8 页

青空文庫

のどこに属すものであるかを理解しはじめ、作家としての実践が一定の階級性を示すようになる。

その実際に立ち到って、妻としての婦人作家は、いつか作家である良人とズンズン押されて行っていた自分との間に、文学の本質の解釈において距離の生じていることを発見し、嘗て進歩的意義に輝いていた彼等の家庭が計らず質の上で反対物としての役目をもつものと成っている事実に苦しむのである。

この場合、婦人作家の生きぬかなければならぬ苦痛は、感情の機微にもふれて非常に大きい。正しい発展のために健康な意力が必要とされる。社会の事情はこのような場合を、プロレタリア作家の間に限らず益々広い社会生活の面で、特に婦人の側からの切実な発展的苦悩として引き出しつつある。

平林英子の「育むもの」はこのような意味において、或る問題をなげていたと思うのである。

十月号の婦人公論であったか、千葉亀雄氏が、婦人と読書のことについて書いておられた。その文章で、婦人がたとえばイギリスのような国でもどんなに扱われていたかという実例に、ジェーン・オウスティンがあのような傑作をかくに仕事部屋を持っていなかった。