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うしなわれたはんしん
失われた半身
豊島 与志雄
「ユニヴァーシティー No. 2」1949(昭和24)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,545 字 · 21 页
その午後、おれは憂欝だった。何もかもつまらなかった。やたらに腹が立つが、おおっぴらに怒ることが出来ず、くよくよと我慢してる、そんな風の憂欝さだ。これは時々あることで、そう長く続くものではなく、せいぜい半日ぐらいで過ぎ去るのは、分っていた。然しこんどのは、どうも根深いように思われた。まさか、おれは躁欝病ではないし、その欝状態ではない筈だが、なにか病的なものが感ぜられた。アルコールがまだ体内に残っていて、微醺が意識されるのだったが、宿酔発散後に往々経験する、消耗性の虚脱感まで伴っていた。どうしたというのだろう。ばかばかしさに腹が立ち、それがじめじめと内攻して、泣きたいほど気がめいった。
会社のデスクにつっ伏すようにして、校正を見るふりをしながら誰とも口を利かなかった。
夕方、杉山さんが社に立寄った。おれの受持ちの執筆者だ。至ってのんびりした老学者で、気むずかしい小説家などとちがって、ひとの言葉なんか耳にとめないのはよいが、困ったことには、屋台店の焼酎を飲むのが好きだ。そのくせ、独りでは決して行かないから、誰かが案内しなければならない。編輯長は用があって行けなかったし、おれが、若干の金を貰ってお伴することになった。