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うしなわれたはんしん
失われた半身
豊島 与志雄
「ユニヴァーシティー No. 2」1949(昭和24)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,545 字 · 21 页
」
この種の議論は、実におれには苦手だし、くそ面白くもない。ウイスキーを飲み干すと、丁度、他の客がはいって来たので、立ち上りかけた。
「君は、戦地で特殊な経験も積んで来たろうが……。」
「考えは平凡かね。」
「いや、平凡じゃないが、なにか、忘れものをしてるような……。」
戸川もウイスキーをなめながら、独語のように、低く言ったのだが、おれは妙に冷りとした。彼だって、なにか忘れものをしてるようなところがあるじゃないか。そう思っても、おれの冷りとした感じに変りはない。そうだ、なにか忘れものをしてるようなところ、それをおれ自身、前から感じていたのだ。戦地でのことをひとから聞かれる度に、おれは当り障りのないことだけを答えたが、実は、誰にも話したくないことが幾つかあった。自分自身にも伏せておきたいことだ。そういうことと関係があるのかも知れなかった。戸川の蒼白い精神主義者めが、何を感づいたのか。
彼は少し酔ったらしく、卓上に両手で頭をかかえていた。
おれは立って行って、勘定をすまし、黙ってそこを出た。挨拶するなら、戸川の方からすべきだ。秋の陽差しが強く、眼がくらくらした。