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おくのうみ
奥の海
久生 十蘭
「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 页
「腹を切るのに三日もいらぬ。いますぐ切ろう」
と自若とした顔でいった。
川村孫助は困ったような顔をしていたが、役儀の手前、切るなともいえない。
「飛んだことになったよ。こんなつもりで、お番入をすすめたわけではなかったが……。江戸にいれば御儒者衆の家柄で、寛濶な日々を送れたものを、こんな辺土の浦浜へ流れきて、不法の漁撈に連座し、つまらなく腹を切るというのは」
「辺土々々といわれるが、手前にとっては、住みよいなつかしい土地であった。どこで死んでもおなじことだ。すぐやりますから、ご検分ねがう」
と脇差をとりあげた。川村孫助は四角に坐りなおして背筋を立てた。
「では検分しよう。潔いことだ……。それにしても、どうしてこんなところへ落ちてこられたのか、かねて不審に思っていた。聞けるものなら、聞いておきたい」
金十郎は笑って答えなかった。