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おくのうみ

奥の海

久生 十蘭

「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 页

青空文庫

街道筋で、引戸の間から足の出ている駕籠があったら、烏丸中納言が乗っていると思え、というくらいのものである。

豆腐が好きで、何年となく御菜(出入り御用商人)から借りては食い、借りては食いしているうちに、塵積もって山となり、償う方便がたたず、嘉代という三ノ姫を、時を切って豆腐屋へ質においたという話は、金十郎も聞いていた。

「恐れることはない。一条の姫も九条の姫も凡下に身をおとして、飛騨の山奥まで輿入れする時世だ。いずれは尼になるべきところを、引きだしてやるのは徳行のうちだと思え。

それはそれとして、烏丸は糧の代に姫を売り沽かし、そうばかりして、食いつないできたといううわさがある。姫たちも、みな、よく働く鵜で、気のいい男にもたれこみ、自在に、嚥みこんだり吐きだしたりするそうな。心得までに言って聞かせるのだが」

館や家具調度だけが荘重で、食餌がお粗末なのは王朝以来のならわしで、貧乏公卿の家族は、むかしから、人間の食うようなものは食っていない。

親王家と五摂家には、御入用調役というものがついていて、体面を維持する程度のことをしてくれるが、大臣家、羽林家と下ると、そういう保証もないので、朝は薄い茶粥に胡麻塩、昼は一汁一菜に盛りっきりの麦飯、あとは翌朝まで、咽喉を通るのは水ばかりという、詰りきった暮しをしているところへ