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おくのうみ

奥の海

久生 十蘭

「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 页

青空文庫

細面の頬がこけ、口が尖り、薄手な口髯をさげている。戯画に描く公卿面にそのままで、いっこうに威儀がなく、気魄薄げな人体であった。冠もつけず、円座のうえに足を組んで坐ると、五音をはずしたうつろな声で、いきなりこんなことをいった。

「あまりの飢さに、塗篭へ入って寝てみたが、夢ばかり見て眠りにならぬよ」

金十郎は廊ノ間の床に手を突いて平伏していると、中納言はいよいよおぼろな音声で、

「夢といっても、たのしいような夢ではありえない。さる年の飢饉に、花山院の門跡は、どうせ死ぬものならと、経文を臼に搗き、糊にして食ろうて腹をふくらし、あら、うれしや、と笑うて死んだげな。それが夢に出てくるのよ。躬どもらの行末も、こうぞとおしえるように、枯木のように痩せ細った手で、餓鬼腹を叩いて見せるというわ」

中納言の掛言は、米を運んできて、舅の口を養えということなのだと察したので、一年先の切米を社倉から借りだし、上の方が面目を失わぬよう、夜闇にまぎれて二升ほどずつ運んでいるうちに、木の実が枝から離れ落ちるように、自然に知嘉姫との縁がまとまった。

御菜の油屋が名親になって、ちかという凡下の娘に成り変り、至極無造作に金十郎の長屋におさまった。