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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
「民族と歴史 第七巻第六号」1922(大正11)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 页
二 御館藤原氏の富強と王地押領の事実
しかも朝廷においてこれが任命に躊躇し給うたことは、一には藤原秀衡をして常に頼朝の背後を窺わしめ、その勢力を牽制せしめ給わんとしたとの理由もあるべく、一には院宮・権門らがかの豊富なる奥州の貢金に未練を残したという事情もあったのであろう。今本章は奥州におけるこの御館藤原氏の地位を論じ、次に当時の奥羽における民族のことにまで及んで、もって前号末尾における発表の予約を果たし、頼朝の補せられたる征夷大将軍の意義に関する所論を完うせしめようと思う。
二 御館藤原氏の富強と王地押領の事実
藤原秀衡は清衡の孫で、祖父以来今の陸中の主要部分たる胆沢・和賀・江刺・稗貫・紫波・岩手の六郡を領し、さらに南に出でて磐井郡の平泉に根拠を構え、砂金その他の豊富なる国産によって豪奢を極め、直接音信を京師に通じて院宮・権門・勢家に贈賄し、その威はよく国司を圧迫して、国司もこれをいかんともすることが出来ず、隠然一敵国の観をなしたのであった。されば心あるの士はこれを憤慨し、彼らは王地を押領するものとして、これを近づけるを欲しなかった。その史料は断片ながら多少は存している。『古事談』に、